私たちの救いは、2千年前にイエス様が多くの苦しみを受け、命を献げられた、その尊い命に日々、与っていくということです。「成し遂げられた」という動詞は、原語で現在完了形で書かれています。つまり、イエス様の救いは単に過去の出来 […]
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3月10日主日礼拝 「力は弱さの中に」 コリント信徒への手紙Ⅱ12:1-10 野口日宇満牧師
クリスチャンを迫害していたパウロは、ある時、復活の主と出会い、主に敵対する者から主を愛する者に変えられました。そして、命がけで主を証しする偉大な使徒となりました。パウロがこれほどの力強い主の証人となったのは、自分の弱さの […]
3月3日主日礼拝 「キリストを模範とせよ」 マタイによる福音書5:43-48 野口日宇満牧師
イエス・キリストは、全人類の救いのために多くの苦しみを受け、父なる神様の必然の道である十字架に架かられ、命を捧げられました。なぜイエス様は苦しみを受けなければならなかたのでしょうか。受難節のこのとき、イエス様が受けた傷、 […]
2月24日主日礼拝 「十字架の愛に生きる」 マタイによる福音書16:24-25 末盛神学生
キリスト教では、イースターまでの日曜日を除く40日間を受難節として、イエス様の歩まれた十字架の道を深く覚える時としています。日曜日を入れると46日間と、大変長い期間ですが、イエス様を救い主として信じるクリスチャンにとって […]
2月17日主日礼拝 「火を投じるために」 ルカによる福音書12:49-53 野口日宇満牧師
神の独り子であるイエス様は、2千年前、私たちと同じ肉体を取ってこの地上に来られました。そして、すべての人の罪、病い、苦しみを背負って十字架に架かり、死なれました。私たちは誰一人として、罪を犯さずに生きることのできる人間は […]
2月10日主日礼拝 「御言葉と祈りに固着せよ」 マタイによる福音書17:14-20 野口日宇満牧師
イエスに従ってきた弟子たちは、悪霊に取りつかれた子どもを前にして、病を癒すことができなかった。「なぜ、わたしたちは悪霊を追い出せなかったのか?」と問う弟子たちに、「あなたがたの信仰が薄いからだ」とイエスはおっしゃった。弟 […]
2月3日主日礼拝 「火で精錬された信仰」 ペトロの手紙1:1-9 野口日宇満牧師
今日の聖書箇所は、ペトロが離散した仲間に書き送った励ましの手紙です。「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びで満ちあふれています。」私たちは、このよう […]
1月27日主日礼拝 「恵みによって生きる」 マタイによる福音書11:28-30 末盛神学生
信仰生活は、自分の力で頑張るのではなく、神様の恵みの支配の中を生きる歩みです。それでは、恵みによって生きるとはいったいどういうことでしょうか。それは、第一に罪の赦し、十字架の贖いに生きることであり、第二に十字架を負うて生 […]
1月20日主日礼拝 「聖霊の恵みによる悔い改め」 使徒言行録2:36-42 野口日宇満牧師
神様は私たちを瞳のように愛され、選ばれました。それゆえ、私たちは神様の愛に応答する責任が恵みとして与えられています。神様の愛に聞き従うなら、子子孫孫に及ぶ祝福を受けます。しかし、主の御声に背くのなら呪いを受けるようになり […]
1月13日主日礼拝 「信仰生活の祝福の三原則」マルコによる福音書 12:28-34 野口日宇満牧師
教会の基、それはイエス・キリストご自身です。その永遠に変わることのない土台の上に、私たちの信仰は建てられています。バビロン捕囚後、イスラエルの民は神殿を再建するために立ち上がりました。そして、基礎が据えられ、いよいよ神殿 […]