【 主が共におられるということ 】

すると、彼は夢を見た。先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の使いたちがそれを上ったり下ったりしていた。 創世記 28:12   Then he dreamed, and behold, a ladder was set up on the earth, and its top reached to heaven; and there the angels of God were ascending and descending on it.(NKJV)Gen 28:12
 
主が共におられるということは、どんなに八方塞がりの状況にあっても、いつでも天は開かれ、いつも私たちに主の助けが臨んでいるということです。求めるなら必ず主が応え、助けてくださるということです。それゆえに「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。」と、告白することができるということです。祈り:愛する天のお父様。信仰をもって生きるということは、あなたが共にいてくださるということは、何と素晴らしいことでしょうか。なんと幸いな人生なのでしょうか。孤独を覚えるときにも、戦いに疲れを覚えるときにも、自分自身の弱さに泣くときにも、天はいつでも開かれていることを知り、信仰をもってあなたを仰ぐことができますように。今日も愛する者たちが、試練のなかであなたを仰ぎ、天よりの助けを受け取ることができますように。主イエス・キリストの聖なる名によってお祈りします。
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